LOVES





───こういう事は、度々ある。

「…、…っ」

吹き出る玉の汗と、滲んだ睫毛。

「…っぁ…っ」

縋るように空を掴む、伸びきった細い指の先。

「…う、…ぐっ」

歪む、唇。




「…め、ろ…ぁっ、ケイ…ケ…っ」




苦痛に満ちた……おれを呼ぶ、アキラの───………。

Midnight



午前3時。
隣で静かな寝息を立てていたはず───だったのに。

「あ、ア…ッ」
「───っ……」

眼を覚ましてみたら、シーツの上で苦しそうにもがくアキラがいた。
シャツの色がほとんど変わってしまうくらい、大量の汗を吸うシーツがその指に握りしめられて歪に軋む。
その様子を、おれは唇を噛み締めて……ただ、眺めてる。
何十分も───ずっと。




夢を。

夢を……視ているんだよな、アキラ。

"あの時"の。




「嫌だ、いッ…ッ!」

アキラの身体が大きく震える。
まるで、ひきつけを起こしているみたいに……何度も、何度も。

「………ッ」
ギリ、と指を強く握り込んだ。
爪が肉に突き刺さってすごく痛い。
痛い───痛い。
すごく、すごく、すごく痛い。

「………、……」
ズキンズキンと、鼓動に合わせて痛む掌を開いてみる。
そっと、静かに。
そうしないと、もっと痛んでしまうから。
「……」
暗くて良く見えない。
でも、きっと……ここには、抉れた傷が指の数だけあるはずだ。
窓に翳してみれば……ほら、やっぱり。
「……っ」
ポタリ、と。
真っ黒な何かが、指の先から零れ落ちた。


たったこの程度の傷。
それでもこれだけ痛いのに。

今のアキラが、何をされているのか。




『…ねぇアキラァ…、どう?痛い?苦しい…?それとも……やっぱ、キモチイイ?』

アキラに。

『ハハッ!良いよその顔……すっげーそそられる。……もっと、もーっと…見せてみろよ…っほら!』

おれは。

『とっとと死んじゃえよ……死ねよ……アキラァ…ッ!!』




「ゥ、アッ…!」
一際高く、叫び声が響き渡る。
ピンと伸ばされた白い腕。
何も縋るものが無いその指先が……枯れ枝みたいに頼りなくて。

「…アキラ」

その手を取ってあげたい。
握って、引き寄せて、抱き締めて。
もうだいじょうぶだよって、安心させてあげたい。
だけど。

「………ごめん」

どうしても………出来ないよ。

「ごめんな……アキラ」




いつだったろう───前にも、同じような事があった。


夜中にアキラの声で眼が覚めた。
『アキラ…!?』
魘されてて……とても、苦しそうで。
何か、怖い夢でも視ているんだと思った。
だから、起こしてあげようって───。

『しっかりして。起きてよ、アキラ!』
そのうち、アキラの瞼がゆっくりと開いてきた。
『良かった…』
アキラはまだぼんやりしていたけど、とりあえずこれで大丈夫だと思った。
それでも確かめたくて、アキラの顔を覗き込んだ。

『大丈夫?すごく魘されてたよ』

『……───っぁ』




それはとても小さな声だった。

アキラがおれを見た。

だからおれも、名前を呼んだんだ。

安心させるように、少しだけ笑って。


"アキラ"───って。









『───ぁ…───あっ……ぃ、やだ、ケイスケ、嫌だ……!』










その時見てしまった、アキラの眼。




今でも、忘れられない。














「アキラ…おれ」

まだ目覚めそうにないアキラに、おれは……どうしようもなくて。

「おれ、どうしたら、いい…?」

鉛のように重苦しい身体を、ずるりとベッドから滑り落とした。
そのままベッドの脇に背中を預けて………アキラから隠れるようにして、小さく小さく蹲る。


その手を握ってあげたい───守ってあげたい。
なのに。

「…っぅ、…くっ…」

アキラの顔を見るのが。

「…ア、キ…っ」

とてつもなく怖いんだ。

「───…っ」

身体の底から溢れ出す痛みが、喉元まで競り上がってくる。

「…──はっ、はぁ…っ」

まるで空気が無くなったみたいな苦しさに、必死で呼吸を繰り返した。

「…───ぅ、ぅ…っ、ア、キラ…っ」

瞼をぎゅっと閉じた。

パタパタと涙が落ちていく。


「アキラ、ごめん、アキラ、ご、め……っ───………」




















───それから、どれくらい経ったんだろう。






「…スケ」


声が聞こえる。

「…ケイスケ」

また、聞こえた。

「………」

何かが肩に触れた。

「───!」

ビクリと身体が跳ね上がって、それからやっと顔を起こした。

「ケイスケ」
「…アキラ…?」

真っ暗な部屋の中、アキラがベッドの上からおれを見下ろしている。
振り向いていないけれど、気配で分かる。
良かった……やっと眼を覚ましたんだな。

「どうした?そんな所で…」
声……掠れてる。
「な、何でもない…」
おれのせいだ……ごめんな、アキラ。
「大丈夫か?」
「…、うん…」
さっきまであんなに酷い事して、本当に───……。

「…ケイスケ?」

「…───」




それ以上、声が出せなかった。




「───」

代わりに、涙が溢れて……止まらなくなった。

「……っ」

顔を伏せて声を殺す。




───夜中で良かった。

こんなおれを見たら、アキラきっとびっくりする。









「…ケイスケ」

静かな声が聞こえて、頭が掌に包まれる。

「大丈夫だから」

さり…と、アキラの指が梳かすように髪を撫でていく。
そのまま頬を過ぎて顎にかかって……そこに溜まる滴が、指を濡らした。

「顔、上げろ」

アキラの指先がそっと顎を持ち上げる。

「………」

見上げてやっと、アキラと眼が合った。
綺麗な碧い瞳。
それが今は赤くなって腫れている。
涙の痕だってある。

それでも………そこにいるのは。


「……俺は大丈夫だから、気にするな」
「…っ…キラ…」


いつものアキラだ。


「アキラ、ごめ…おれっ…」

涙が止まらなかった。
アキラが見てるのに、グシャグシャの顔がもっとグシャグシャになった。
恥ずかしくて腕で覆い隠すくらいに。

「本当に、ごめんな…」
「大丈夫って言ってるだろ」
「でも…」
「…ケイスケ」

腕がアキラに解かれていく。
また、アキラの顔が見えてくる。

………なんて綺麗な瞳なんだろう。


「…アキラ…?」
「……悪かった」


けれど、またすぐに見えなくなってしまった。


……それから。




「もう、怖くない。お前の事」




唇が重なって、離れた。
























やっぱり嘘つくの下手だな、アキラは。




指も唇も。




こんなに………震えてるじゃないか。























「おやすみ……アキラ」




そしてまた、二人一緒にベッドに潜り、眠りにつく。

今度こそ、本当の夢を視る為に。



















おれの罪の罰。




本当の罰は───こんなアキラを、これからも見続ける事なのかもしれない。




Midnight / 真夜中