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「アキラ!そろそろ昼にしよう!」
「ん…ああ」

正午を少し過ぎた辺り。
どうやら手持ちの作業に区切りをつけたらしい。
誰もいなくなった作業場で一人居残っていた俺に、ケイスケの大きな声で誘いが入った。
手を止め、床に散らばる工具を仕舞う。
「仕事、もう慣れた?」
「まあ…ぼちぼち」
手洗い場で汚れを落とし、昼食の入った二人分の弁当箱を用意して、工場から少し離れた裏の空き地へ向かう。
その真ん中に立つ大きな桜の木の下、あまり手入れのされていない芝生の上が、いつも決まりの休憩場所だ。
新緑が眼に鮮やかな一か所に揃って腰を下ろし、包みを広げる。

「さてと…アキラ、今日の具は何だと思う?」
「しゃけ」
「あ〜残念」
「…うめ」
「惜しいっ」
「…………、おかか」
「正解〜」
「………(ツナマヨじゃないのか…)」

弁当の中身は、ケイスケ手作りのおにぎりと少し甘めの卵焼き(ケチャップ付き)、そして水筒に入れてきた緑茶。
ちなみに、茶は毎朝俺が淹れる役目になっている。
………料理が苦手な俺に、ケイスケが気を遣ってくれたからだ。

「はい、アキラ」
「ほら、ケイスケ」

物々交換みたいに、それぞれの手からおにぎりと茶の入ったカップが手渡される。
指先がほんの少し当たったくらいで、頬を赤くするケイスケがなんだか可笑しい。

「何?どうかした?」
「…別に」

けれど、それを見ないふりで、緩みそうになる口元を誤魔化した。


のんびりとした昼下がり。
俺とケイスケは、いつもと同じく茶の入ったカップを片手に手作りのおにぎりを頬張っていた───。

Lunchtime



「…あ」
ケイスケが、小さな声をあげた。
「どうした?」
おにぎりを口元に運ぶ手を止めて、隣を見る。
いつもなら、声をかけるとすぐに向けてくるその眼が、今は。
「……?」
ふんわりと湯気の立つ、茶のカップの中をじっと見つめていた。

「ケイスケ?」
もう一度、声をかける。
すると、今度はにっこりと緩めた頬を向けてきた。
「アキラ、これ。見なよ」
ケイスケの手が、ゆっくりと眼の前に差し出される。
不思議なくらい慎重に運ばれたそれが、少しの警戒を生んだ。
躊躇いながら、視線をケイスケの顔と手に交互にあてて様子を伺う。
「……」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だって」
穏やかに細められた瞳がこくりと頷いた。
それでも、くすくす、と小さく零されてやはりむっとする。
「別に…、そんなんじゃない」
「分かってるよ。…あっ、そぅっと、静かにね」
「……」
更に促されて仕方なく、ぷいっと背けるようにゆらりと光るその中を覗き込んだ。

大きな手のひらに包まれる円の中、ゆらゆらと光を反射しながら揺れる水面。
その薄緑色の真ん中に、小さな柱がぷかぷかと浮いていた。
「なんだ…これ」
───ゴミか?
訝しみながら聞けば、違うよ、とケイスケがまた苦笑する。
「茶柱、立ってるんだ」
「ちゃばしら?」
聞き慣れない言葉に、頭が自然と傾ぎだす。
それは何だと目線で問うと嬉しそうに笑いながら、茶葉の欠片が浮かんでいるんだよ、と答えてくれた。

「こんな事滅多に無いからさ。何か嬉しくて」
「へえ…」
確かに。
茶を淹れる時、茶葉の粉が混じることは良くある事だけれど……それがこんな風になるのは見た事がない。
「良かったな。珍しいもん見れて」
「うん」
まだ崩れない茶柱とケイスケの笑顔を交互に見やりながら、そんなに嬉しいものなんだな、と素直に頷く。
ついには、微妙に音程の外れた鼻歌まで聴こえてきて。
それにつられるように……なんとなく。
「………」
自分のカップも覗いてみた。
案の定、珍しいとケイスケが言っていた通り、水面に変わった所なんて見当たらない。
………少しだけ、面白くない。
「………」
顔を上げながら姿勢を戻し、まだ半分残っているおにぎりに噛りついた。

その時、ふと。


「茶柱が立つと、良いことがあるんだって」


鼻歌混じりに、ケイスケの声が聞こえた。
再び視線を隣に移す。
飽きないのだろうか、茶色い二つの瞳はまだ、じっと手元に向けられたままだ。
口の中の物を飲み込みながら、言葉を返す。
「良い事?」
「うん、良いこと」
「……どんな?」
「え…ど、どんなって、それは…、分かんない、けど…」
質問が意外だったのか、驚いたようにぱっと視線がこちらに向いた。
その顔が、みるみるうちに困惑に変わる。
「えー…と…」
そしてそのまま、考え込むように黙ってしまった。

───別に……特別何かを意識して口にした訳では、ないけれど。

(………)
消えてしまったケイスケの笑顔に、少しの焦りが顔を出す。
せっかくの昼休みなのに。
こんなささいな事で、お互い居心地の悪い思いは……したくない。

ケイスケ、と出来るだけ穏やかに名を呼んだ。
「いや…悪い。気にするな」
「う、うん」
ケイスケの表情がふわりと軽くなる。
その様子にほっと胸を撫で下ろしながら、けれどそれを気付かれないよう。
「きっとそのうちあるんだろ…良い事。それよりほら…早く飯、食え」
「あ、うん」
そう誤魔化して、残りのおにぎりを一気に口に放り込んだ。
(良い事、か……)

世の中、そう簡単に良い事なんて起きないものだと思う。
ましてや、そんな迷信みたいなもの。
今まで信じた事なんて無かった。
けれど、ケイスケのあんな嬉しそうな笑顔を見てしまえば……それも。

───本当に、あればいいのに、と。

心の中で呟きながら、二つ目のおにぎりに手を伸ばした。




────そうして、ようやく昼食を食べ終えた頃。

「…あ」
ケイスケが、また呟いた。
「今度は何だよ」
指の腹に付いていた米粒を一つ一つ唇で片付けながら、その声に応える。
「見つけた」
「は?」
先程よりも弾んだ声に、顔を向けた。
……そうしたら。
「見つけた。良いこと」
そこには、思い切り笑顔のケイスケがいて。
「アキラ」
「え?…っ!」
その顔がぐいと近づいてきたと思ったら、突然。
「…っ」
唇を、ぺろりと舐めるように口づけられた。
「何する…っ!?」
不意打ちみたいなキスに驚いて、顔を離しケイスケを睨みつける。
すると、ゆっくりと自分の口元に人差し指を当てて、一言。


………本当に、嬉しそうに。









「ご飯粒、付いてた」














こんなささやかな一瞬だけれど。

「アキラ〜、何も殴る事ないだろ〜」
「時と場所を考えろよ、バカ!!」

それがとても大切だと……そう感じるようになったのは。

「せっかく茶柱立ったのに……。やっぱり迷信かな……」
「……、……」

きっと、“良いこと”なんだろう。




そんな風に思い始めたのは───まだ秘密にしておく、春のランチタイム。




Lunchtime / 昼休み