LOVES





「今月も苦しいな…」

工場からの帰り道。
帰りに手渡された給料明細を眺めながら、おれの隣を歩いていたアキラが小さな溜め息を一つ零した。
おれはただ、そんなアキラを何とか励ましたくて。
「まあまあ、いつものことじゃない。これでも今月は良い方だよ」
大袈裟すぎるくらいの身振り手振りで、わざと明るく振る舞ってしまう。
……だけど。
「………」
「……ケイスケ?」
やっぱり、次の言葉が見つからなくて……結局、何も言えないまま俯いてしまった。

どうした?と、手元から目線を移したアキラが言う。
「おれがもっと稼げればいいんだけどさ…。ごめん、アキラ」
項垂れたまま謝るしかない、自分がほんっと情けない。

「……」
小さな空気の揺れを隣で感じた。
「…、っ」
瞬間、背中がポンと揺れる。
そしてまた………いつものように。

「そんなの、お互い様だろ。気にするな」

今度は、アキラが笑って励ました。

Payday



今日は月に一度の給料日。
今月は仕事もそれなりに忙しかったお陰で、いつもより少しだけ懐が温かい。
……けど、やっぱり。
それでも決して少なくない家賃や光熱費等を差し引けば、苦しい経済状況なのは変わりなくて。
温かくなった懐と同時に、溜まっていた支払いを済ませれば。
「………」
手元の残高に……すごく、泣きたくなる。

───アキラは気にするなって、言うけれど。

「…、ごめん」
つい、また……謝ってしまう。
そんなおれにアキラもまた、今度は困ったように口調を落とす。
「だから、気にするなって言ってる。俺だってお前と同じに働いてるんだし…それに、言われる方が居心地悪い」
「うん…。ごめん」
「……お前な……」
「…っ」
「………」
いつまで経っても直らないダメな癖に、盛大な溜め息が隣から聴こえてビクリと肩が震えてしまった。

「………」
「………」
ぎこちなく途切れた会話に沈黙が漂う。
何だか急に居たたまれなくなって、そっと顔を上げて様子を伺ってみる。
「あ、あの……」
「ケイスケ」
待っていたように、アキラの唇が静かに動く。
その先に映した視線は逸らされることなく、じっとこちらに向けられていた。
まっすぐにおれを映し出す瞳の強さに圧倒される。
寄せられた眉と閉じた唇。
まるで責められているみたいで、条件反射に口元が無理矢理笑いを作り出す。

───だけど。

「な、何?」
「……お前」
「うん?」
「俺の言ったこと、ちゃんと分かってるのか」
「え…」
「謝るなって、言った」
「あっ…ごめ」
「だから」
「ごめ…あっ、ごめん!」

……言うなと言われたそばからこれだもの。

「………。もう、いい…」
こんなおれに、ついにアキラは呆れたみたいだ。
「あ、ちょっ…待って!」
並んで歩いていた歩調をわざと速めておれを一人取り残す。
「アキラ!」
「………」
みるみる離れていく背中。
振り向いてはくれない瞳。
「……っ」
そうされて───初めて本気で焦りだすなんて……ホント、情けないと思う。
「っはあ…、アキラ、ごめ……ううん、ありがとう」
すぐに駆け足で追いついて、今度はきちんと言い直した。
それに応えるように……アキラの足がぴたりと止まる。
振り向いてはくれなかったけれど。
「…分かれば、いい」
………そう言って、静かに隣に寄り添ってくれた。
「アキラ…、うん」

ちらりと見えた口元が心なしか穏やかに見えて……ほっとした。


再び一緒に並んで歩く。
さっきまでの雰囲気は和らいだものの、まだぎこちなさが残ったままもう少しでアパートに着く、という頃。
(そう言えば……今晩の夕食は何にしよう)
ふと、冷蔵庫の中身が少なくなっていたことを思い出した。
(…そうだ!)
浮かんだ案にアキラを呼ぶ。
「ねえアキラ、折角の給料日だし…、今夜は、思い切って焼肉にしない?牛肉の!」
そんな贅沢、今のおれ達じゃ滅多に出来ないけれど。
「いいけど……値段みてからなら」
「うん!」

───それでも、今日くらいは。

アキラの了解を得て、急遽行き先は近所のスーパーに決まった。


「牛肉なんて久しぶりだよな。最近食べたのはいつだっけ……あ、もしかして先々月…いや、先々々月だった?」
「…だな」
さっきとは打って変わって、ウキウキした気分でその道のりを歩いていく。
(〜♪)
そのとき、それまでほとんど聴いているだけだったアキラが口を開いた。
「ケイスケ」
「ん?」
「…さっきの癖、早く直せよ」
「え?」
「謝りすぎだろ、お前」
「ぁ───」

───どきん、とした。

とっさに。
「そ…う、だね…。うん、…気をつけるよ」
何でもない風に笑って返す。
けれど、見つめ返す表情は───。

「……」
「…ちゃんと直すから、そんな顔しないでよ」
「……なら、いいけど」
「………」
アキラの疑うような視線に、思わずまた俯いてしまう。
「………」
「……ケイスケ、急ごう」
「う、うん」
「もう言わないから…ほら」
「……、うん」

───悪かった、と。

溜め息のような小さな声が、ぽつりと聴こえた。
チクリと沁みるその音に、心の中でそっと呟く。

「おれも───」


───ごめん、と。








───ごめんな、アキラ。
さっき……あんなに謝ったのには、訳があるんだ。
いつもおれ達が貰っている給料。

───本当はおれの、もうちょっとだけ……多いんだ。

工場長に無理言って、少しだけ差し引いてもらってる。
へそくりって訳じゃないけど、おれの大切な寅の子貯金。

………何でかって?

───アキラ。
いつも一緒にいてくれて、本当に…感謝してる。
頼りなくて情けない、こんなおれだけど。

これからも、ずっと一生、傍にいてほしいから───だから。


「……アキラ。おれ、さ」
「何」
「いろいろ、頑張るから。これからも…よろしくな」
「……何だよ、急に」
「ううん、何となく」
「…?変なヤツ」
「……へへ」









(いつか……きっと)




そんな願いを込めて。














───おれ達の、結婚指輪を。




Payday / 給料日